自分の課題は自身で決める

自分の課題は自身で決める

文字にしてみると、

そりゃあそうだよねって感じるけど、

実際、これが実行出来る人って

なかなかいないし、

勝手に決めて良いのかな?って

ビクビクしている大人もたくさんいます。

子供に至っては、

親の言うことを聞くのが、

一般的なもので、

自分で考え、自分で行動していい

と言われても、なかなか難しいですし、

どこか、見放されたのかな?と

勘違いする子も出てくるでしょう。

幼少期の教育や子育てを考えると、

なんでもかんでも、

親の許可性にして育てると、

管理は簡単でしょうけど、

自主性というものが生まれなくなります。

例えば、そうですね~

学校から帰ってきた子供が、

「友達とゲームセンターに行きたいんだけど、

遊びにいってもいい?」

と親に確認したとします。

どうですか?

なんかこのやり取りに違和感を感じますか?

普通な感じですかね?

このとき、親御さんは、

「遊びに行ってきていいよ」と

そのまま返すのは教育になっていないんですね。

遊びに行くことくらい、

自分で決められばいいわけです。

何時に帰ってくるのか?

お金は持っているのか?

このあたりを心配するのは重要です。

しかし、外出許可を与える

みたいなこのやり取りは、

子供にとってなんの意味もなさないわけですね。

今日、遊びに行くと、

明日のテスト勉強ができないかもしれない

宿題をやれる時間がないかも?

などという心配は、

文字通り、子供の課題であって、

親の課題ではないんですね。

今、自分が必要なものは、

友達と過ごす時間であって、

勉強する時間ではない

という判断は

子ども自身がすればいいんです。

「勉強しなさい!」

と親に怒られて育った子は、

最低限の学力は身につくとおもいますが、

労力に対してリターンはほぼないでしょう。

子供であっても、

1人の人間であり、

別個の存在です。

親子であれば、

DNAは半分一緒なわけですが、

あくまで半分ですからね。

まったく別の個体だ

という認識が必要です。

ましてや、子供というのは、

勉強しなさいと言われなくても、

勉強しなくてはいけないことを

ちゃんと理解しています。

それでも、勉強はしたくないという

選択をしているのは、

なにか問題ありますかね?

勉強は子供の課題であって、

親の課題ではないんです。

子供の領域を侵犯して、

口出しする、うるさい親が多いんです。

親子ということであれば、

これも、しつけの一貫だ

ということになるでしょうが・・・

対人関係におけるトラブルの基本は、

相手の領域に、土足で踏み込むことです。

あまり勉強してないから

テストもヤバイなぁ

成績も下がってきたし・・・

って感じていない子供は

ほとんどいませんねぇ

ヤバイと分かってても、

できないんだよなぁという感じでしょう。

そんな風に自覚しているときに、

親から連日のように、

ちゃんと勉強してるの?

なんのために高い塾行かせてると思ってるの

なんて言われたら、

カチンときますよね。

だから、本気で必要だと思うまで、

放置しておけばいいんです。

絶対に、勉強の必要性に気づくときが来ます。

だいたいは、社会に出てからかもしれませんね。

あのときもっとやっておけば

なんて言葉よくききますよね。

でも、この気持ちが湧いたということは、

勉強するベストタイミングがやってきたんです。

今なら、自分から進んで頑張るでしょう。

誰に言われるまでもなく、

学び続けるでしょうね~

そんな風に大人になってから

苦労してほしくないから、

子供の内から・・・って

いうのもわかりますけどね。

でもそれって自分の失敗体験を

子供に押し付けてるだけだからねぇ。

成功体験ならまだしも、

失敗体験を押し付けたって、

うまくいかないでしょう。

人間、面白いもので、

どんなときに勤勉になるのか?

楽して儲けたいなんて思うと

結構、頑張るんですよ。

朝から晩までパチンコだけで

生活できたらなんてホンキで思った人

暇があれば、統計データを見て、

確率を計算して、

前日までの傾向、お店の傾向、

台の配置、イベントの調査など

凄まじい量の情報を集めて、

分析しています。

怠惰を求めると勤勉になる

なんかすごく矛盾してて、

人間らしいですよね。

こういう感じ、なんか好きです。

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