人生は壮大なかんちがい(仮)

一明源さんの人生は壮大なひまつぶしの

勝手にスピンオフしたショートストーリー

(本人には口頭で内容を伝えてます)

 

さて、本日のテーマは人生についてです。

何か今すぐ役に立つようなこともなく、

これを読んだからといって、

時間が取られるだけかもしれません。

科学的根拠? エビデンス?

・・・

・・・

・・・

 

今日は人生についての奇妙なお話です。

 

 

よく、子は親を選べないなんて話聞きますよね。

ドラマのワンシーンで、

「なんで私のことなんか産んだの?

頼んだ覚えなんかないし、

好きでこの家の子になったわけじゃないの!!」

 

なんて感じの親子喧嘩、

見たことあるような聞いたことあるような

そんなのありますよね

 

さて、まずここから

勘違いが始まっています。

 

 

では、出産当日まで

時間を遡ってみましょう。

 

 

出産当日

お母さんのお腹から、

体の一部が出たら、

もう「人間」として、

認識されるわけですが、

さて、この時点では誰の子なのか?

というと、

日本古来の風習としては、

まだ神の子なんですね~

 

最近では廃れてしまった

お七夜という文化はご存知ですか?

 

生まれから7日間は神の子で、

7日経って、生きていたら、

母の子になるというお話です。

 

では、この7日間なにがあるのか?

といいますと、

この時の赤ちゃんは、

神に聞かれるわけです。

「この親の元でいいのか?」

「私の元にいれば幸せに暮らせるぞ」

とあの手この手で、神の元に置こうとします。

 

美味しい料理、楽しい仲間でもてなし

現実世界がいかに厳しい場所なのか

これをひたすら叩き込まれるわけですね。

そして、7日目に決断を迫られ、

赤ちゃんが神の元にいると選択すると、

現実世界の赤ちゃんは死んでしまうわけです。

 

ちなみに日本はこの地球で

一番、新生児が死なない国です。

とはいえ、1111人に1人は死にます。

 

そう、1111人に1人は

神の元を選択するわけですね。

 

ちなみに、アメリカは270人に1人です。

 

意外と先進国でも神の元を

選ぶ率が高いんです。

しかし、日本が一番良い数字なのは嬉しいですね。

 

 

このことから、分かるように、

子供が親を選んで生まれてくるわけです。

 

「なんで私を生んだの!?」

なんて親にキレるのはお門違い

 

「逆になんで私を親として選んだの?」

というお話な訳です。

 

そこから考えるに、母体だけではなく、

両親の総合的な要素が評価されます。

つまり、男は関係ないって話じゃないですね。

妊娠、出産に関しては、

昔から女性が責められますが、

どう考えても、男性側の問題大きいでしょう。

妊娠しづらいのは、精子の奇形化だし、

そもそも量は少ない、

SEXのテクは無い等々

挙げだしたらキリがない。

 

 

と話を戻して、

生まれてから社会を知っていくと、

裕福な家庭に生まれたかったとか、

祖父母、両親が揃っていて、

幸せな家庭に生まれたかったとか

 

まぁいろいろ思うことが出てくるでしょうが、

それも全部、知った上で、

今の「親の元で生まれたい」と願ったのは、

 

あなた自身なのです。

 

この話を聞いて、

なんだ子供が私でいいと願ったのなら、

親の言うことを聞けっていうんだと

天狗になってはいけませんね。

 

神の元より、自分の元が良いと

選ばれたことに対して謙虚な気持ちで

子供に接していかないといけません。

 

どう考えても、神のもとに比べれば、

ハードモードを選択したわけですから。

どんなに金持ちの家庭であってもね

 

 

とまぁ、幼少期くらいから

ずっと勘違いしたまま育っていきます。

 

ここでちょっと面白いのが、

3歳になる前くらいまでの子って

どこで覚えたのか分からない言葉を

知っていたり、どこか明後日の方を見てたり

不思議な行動が目立ちます。

 

 

とはいえ、

社会の仕組みというのは、

とても成熟していて、

よくわからないうちに、

謎の夢や目標を持たされるわけですね。

 

良い大学を出て、良い会社に入って、

幸せな家庭を築いて等々

 

間違いなく、お七夜の時に、

そういった願いを持って、

生まれてきた子はほとんどいないと思います。

 

親のエゴか社会情勢がそうさせただけでしょう。

 

 

そして、時間はどんどん進み、

年齢が70歳を越えた頃、

全員ではないのですが、

お七夜の時に、何を願い、

現世で何をしようとしていたのか、

思い出す人たちが現れます。

 

第三者からすれば、

ついに頭がおかしくなったかとか

ボケたのかとかいろいろ心配になります。

 

突然、使命がなんだとか言い出したりとかね。

 

こうなってくると、

新手の新興宗教にでも騙されたのか?とか

家族としては心配になるでしょうね。

 

そして、困ったことに、70代以降で

そういったことを思い出してしまうのは、

あまり幸せなことではないというところです。

 

冷静に考えてみてください。

自分が一番やりたかったことを70~80で

気づいて、今まで自分は何をやっていたんだろう

って後悔したり、悔やんだり、

若い人を妬ましく思ったり。

さまざま感情が湧いてきます。

 

せめて、もう10年早ければ・・・

60台ならまだいろいろ出来たとか

そう悩んでいる人たちをたくさん見たことあります。

 

せめて自分と同じ後悔をしてほしくなくて、

子供に言っても、もうしょうがないから

孫にでも伝えるかと思い、

すごく孫には理解がある

良いお爺ちゃんお婆ちゃんになったりします。

優しくなったとか、歳で丸くなったわけじゃないんです。

思い出してしまっただけなんですね。

 

 

この話の面白いところは、

全員が全員、思い出すわけではないんです。

一部の人が思いだしてしまい、

真の使命を気づいてしまうのです。

 

さて、勘違いしたまま終えるのと、

真の使命に気づくのはどちらが

幸せなんでしょうね。

 

勘違いしたままのほうが

案外、幸せかもしれません。

 

お七夜の最終日にあなたが

願った現世で生き方や夢は

達成できなくても、

いいんじゃないでしょうか?

 

もしかしたら、それもまた

かんちがい

かもしれないですね

 

人生は壮大なかんちがい

 

パロディーの元になった作品はこちら