過去を手放す勇気

今年度に入ってから、

認知症やアルツハイマー、

高齢者とのコミュニケーションの

研究を始めました。

認知症のいろいろなパターンを

調べていくうちに、

少し分かってきたことがあります。

それは、

記憶を無くすと過去もなくなるんだなぁ

ということです。

ある家族のやり取りを

見ていたときのお話です。

父親とその息子が、

中学生ぐらいのころの話で

盛り上がっていました。

息子さんが中学生くらいのとき、

反抗期ということもあって、

父親を殴ったそうです。

そのことを今になって、

謝りたいという感じの話をしていました。

そしたら、

父親は「そんなことあったかなぁ?」と

首を傾げていたそうです。

息子さんは、

こんなエピソードまで

忘れてしまったんだと

少しショックを受けていました。

その落ち込んだ顔している姿を見て

何かを察したのか

父親は、

「前に何があったのかわからないし、

お前に殴られたなんて、

とても信じられない話だなぁ~」

といった感じの返答をしていました。

そして、

「俺の知らないことで

勝手に申し訳なく思うな」

といったあたりで

涙が滲んでいました。

といった感じのやり取りを

見ていてとても感動しながらも、

研究者として、

はっと気付かされました。

あれ・・・

過去って存在するのか?

という点です。

いろいろな考え方はあるでしょうけど、

この父親にとっては、

殴られた過去は無く、

息子さんにとっては、

殴った過去があるわけです。

一般的に考えれば、

会話のやり取りから判断して

父親が忘れているのか、

”わざと”忘れたふりをしているのかの

どちらかだと思います。

しかし、この真相は

神のみぞ知るって感じですね。

とお茶を濁してもしょうがないので、

もうちょっと考えてみますと

真相がどうであれ、

結論は変わらないのですが、

ひとまず息子さんの言い分を

正しいとして考えてみると

過去に何かがあったのかもしれない

しかし、

今は無いんですよ。

このケースの場合は、

父親の記憶から消えてしまったから、

もうないって話になりますね。

そういう意味ではなく、

時間とともに過ぎ去ったものであって、

この今現在では、

どこを探してももう見つけることはできない

幻のような存在になっているんです。

逆にその過去にあったことを

現在でも望もうとしても、

決して叶うことはないでしょう。

人生において重要なのは、

過去・現在・未来どれか?

間違いなく

今生きている、この瞬間ですよね。

過去は幻、

未来は不確定

記憶をたどって思い返すと、

一見、

道がつながって見えますが、

実は不連続なんですよね。

生まれたときから、

今日まで、どんな軌跡だったか

思い出せる人はどれくらいいますか?

たぶん、ものすごく断片的にしか

思い出せないでしょう?

記憶の重要度がどうとか

重みがね~とか適当な言葉で

はぐらかせますけど、

不思議と難しいものです。

その理由はね~

実は分かってるんですけど、

説明するとすご~く長い理論になるので、

今回は割愛します。

申し訳ない!!

簡単に端折って説明すると

過去はないからしょうがないって話です。

無くなっちゃったものなんだから、

思い出せなくて当然です。

思い出しても、

それが正しい記憶かも

怪しいですからね。

なので、

過去に苦い思いをした人

辛くて思い出したくもない過去

でも忘れることができない

そんなトラウマとまではいかないまでも

深刻なエピソード

誰でもたくさんありますよね

そういった辛い過去は、

今はもうないんだと

諦めなければいけません。

蜃気楼なような存在です。

追い求めて過去にすがっても、

もうけっしてたどり着けません。

幸福も不幸も、

今のこの瞬間しか味わえないんです。

だからこそ、

過去を手放すことが、

とても大事なことになるんですね。

それでも過去をどうにかしたい・・・

タイムマシーンでもあればなぁ

なんて妄想するかもしれないけど、

タイムマシーンって過去に行けないよ?

それが出来るのはドラえもんの世界だけ

僕らが生きている世界では、

未来には行けても、過去にいけない

なんで行けないのか?

だって、過去がないからね

それは行けないよって話。

専門家の人が見てたら怒られそう

なんか今日の話、

認知症の話からタイムマシーンまで

なぜかつながってる不思議なお話

さてさて、過去ってなんだろうね~

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